到達点(目標/ゴール)の設定について

コーチングの関係性においては、必ず何らかの到達点(以下、総称して「ゴール」と呼びます)を設定します。ゴールはコーチと協働しながら決めていくものではありますが、一義的には答えはクライアントの中にあるものです。

ただ、ここで「クライアントの中にある」ということを捉える感覚が大きな問題となってきます。

例えば、コーチングにおいて基本となる「あなたは何がやりたいのか」「あなたはどこへ行きたいのか」という質問。

会話を進める上で非常に大事なものでありますが、この質問が、現在、様々な自己啓発産業のバックボーンとなっている「実存主義哲学」的な物事の捉え方でのみでなされている場合、コーチにとってもクライアントにとっても大きなリスクを抱えることになると考えております。

「実存主義」について

「実存主義哲学」自体は非常に多方面にわたり議論されているものですが、大雑把に捉えると、「「真実」にどのように到達するか」ということを突き詰めたルネサンス以降の西洋近代哲学へのアンチテーゼとして「私にとっての真実」を追求してきた哲学領域。

言い換えると「私」はどのように苦痛を乗り越え、どのような在り方で生きていければ良いのかということを突き詰めた分野です。

様々な道具のように「目的(=本質)」を持って作られたものとは異なり、人間は何か「本質」が先にあるわけではなく、何の理由もなくいきなりこの世に投げ込まれている存在。

まず、世界に存在(実存)して、後から生きる意味(本質)が作られる。

以上は20世紀前半に若者達を魅了したサルトルの主張の一部ですが、私たちはそうした目もくらむばかりの「自由」を手にしており、ゆえに主体的に自分の人生の意義を構築し、社会や世界に関わっていこうという考え方です。

実存主義的な思考パターンの課題点

これらはは非常に素晴らしい態度ではありますが、その後の議論により、この「実存主義」の考え方はすでに否定され、乗り越えられています。

すなわち、我々は社会に存在する「構造」によって無意識的に考え・行動させられている存在であり、根本的なところでは人間は自由ではないということが明らかにされています。このスタンスを取るのが「構造主義」です。

こうした構造主義の考え方に基づくと、クライアントが口にする「ゴール」は、クライアントが自ら望むものではなく、何らかの「構造」によって考えさせられ、語らされたものである、ということが言えます。

この点を深く理解できていないと、「クライアントが現実から逃避するためのゴール」を目指すのを後押ししてしまったり、逆に「役割上のゴール」のみを追わせてクライアントを疲弊させてしまったり、ということが起こり、誰も幸せにならない結末を迎えます。

マスターしたい「問い」のニュアンス

これを避けるためには、私たちコーチが無自覚的に発している問い、「あなたは、何をしたいのか」「あなたは、どこを目指すのか」の後に続く問い、「あなたは、なぜそう思うのか?」という問いのニュアンスを変えていく必要があります。

すなわち、

  • あなたは、なぜそう思うのか?

ではなく、

  • どのような構造があなたをそう思わせているのか?

という視点を持つことが必要でしょう。

人間とはその人を取り巻く「関係性」そのものです。より本質的にその人の課題に関わっていくためには、この問いを起点に、その人がどのような環境(構造)の中で、どのように学習させられ、どのように考えさせられ、どのように行動させられているのか、ということを明らかにしていくことが、ゴールを設定する前の現状把握としては何よりも重要です。

そして、特に、複雑な環境の中で大きな責任を持って舵取りを担う企業リーダー層を対象としたコーチングでは、コーチ側にもそのような視座の高さは不可欠であると考えます。

今後、コーチングがさらに世の中に広まり、多くの人の支持を得ていくためには、「私」に視点をおいた実存主義的な考え方をクライアントに押しつけるパターンのみでは不十分であり、「人」に焦点を当てながら「私」以外の構造との関係性の中で「人」を捉えていく視点を多くのコーチが理解できるか否かがポイントとなってくるでしょう。

→ 10年目のコーチング批評(その3)へ