「ニヒリズム(虚無主義)」について

これまで述べてきたようなことが深く理解できるようになると、「ニヒリズム」に感染するようになります。「ニヒル」の語源にもなっていますが、「結局、私たちの存在にも世界にも意味なんてないじゃないか。」という絶望的な気持ちです。

ニヒリズムについて多くを論じたドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは、結局のところ人間の本性はエゴイズムであり、人より優位に立ちたいという意思、欲望が湧き起こすエネルギーを「力への意志」と呼びました。

そして、この「力への意志」にコントロールされ、自分の欲望に応じて事実を決めていく。「神」さえも人間が自分たちの都合で作り出した存在であるという結論にたどり着き「神は死んだ」という主張で当時の最高の価値観を否定していきます。

誠実な態度とは

人はどんなに幸せそうにしていても、どんなに満たされているように見えても、必ずそのようなニヒリズムの種を抱えています。「必ず」というのは、私たちが世界を認識する方法、言葉の構造がそうなるようになっているからです。

ニーチェの思索は前時代的なものではありますが、驚くほどに現代哲学が明らかにしている世界観を捉えています。その上で、私たちがどのように生きれば良いのかという生き方の指針も提示してくれていますが、最後には彼自身、精神を錯乱しその活動を閉じていきました。

もし、本当に人を救いたいと思うならば、もし、本当に人を支援したいと思うならば、ニヒリズムの深淵に目をそらすことなく、少しでも近づこうとするのが誠実な態度ではないかなと考えるところです。

「私たちの存在に意味なんてないんじゃないか」と真剣に考えることこそが、人や世界の中に「光」を見いだす最初の一歩となるはずですから。

「創造者の道」について

最後にニーチェの残した言葉をいくつか。代表作「ツァラトゥストラかく語りき」からの抜粋です。

君は自ら自身の炎で自分自身を焼こうとせざるを得なくなる。ひとたび灰になりおおせることなくして、どうして新たに甦ることができるというのか。

友よ、わたしの涙を携えて君の孤独の中へゆけ。私は愛する、己をこえて創造しようとし、そのために滅びる者を。

孤独なものよ、君は創造者の道を行く。

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