こんにちは、山田です。

さて、世界は言葉で出来ているので、コミュニケーションをする際には「テーマとなっているその概念を、その人がどんなニュアンスで捉えているのか」というのはとても大事な情報です。

お話ししているとよくあるテーマが「部下のマネージャーが全く人に関心が無いように見える」という事態。

仕事の管理はしっかりやるのですが、チームを盛り上げたり、人を育てようとする行動が全く見えない。「しっかりと人に関わって」と要望するも、なのれんに腕押し感満載の状況です。

部下からは「あの人、ぜんぜん私たちのことをわかろうとしてくれない。」というブーイングの嵐。こういうよく見る景色、先日お話を聞いていて少し気づいたことがありました。

「人」として当たり前のこと

もしかしたら、この人達って「人材育成」とか「チーム作り」など、「人と人との関係性」に関する要素のことを「仕事」だと思わず、単なる「道徳」だと思っているのではなかろうか、ということ。

  • 「人の気持ちを考えましょう」とか、
  • 「人のことを大事にしましょう」とか
  • 「人の話をよく聞きましょう」とか、

そのようなことは学校で教えられる「人として大事なこと」なので、いわば当たり前の世界です。

でも、当たり前だからこそ、朝の挨拶と同じように結構適当にやっちゃうし、優先順位が下がっちゃう。テキトーにやっていても「やってますよ」と言えちゃう。

「ちゃんと仕事の指示してます」とか「相談が来たら答えていますよ」とか、その人なりに関係性を大事にしていて、その人なりの言い分があるのですよね。

「道徳」と「仕事」の違い

「道徳」は達成水準が不明確、「仕事」は達成水準が明確です。

そして「道徳」は自分がやっているかどうか、意識しているかどうかが判断基準(自分視点)であり、「仕事」はそれを相手が受け取り結果として結実しているかどうかが判断基準(相手視点)となります。

概念同士の違いから理解する

マネージャーにとって、人材育成やチーム作りなどのに関する部分は、やった方がよい「道徳」ではなく、やらなければならない「仕事」です。その前提でしっかりと関わらなければならないし、組織の構造もデザインしないといけない。

でも、一方で、こんな説教くさい話は、それだけを言っても当たり前すぎて伝わらない。ということで「道徳」という少しずらした概念との違い(比較)からご理解いただいた、という事例でした。

言葉の意味はそれ自体では決められず、他の言葉との違いによって決定されます。これも言葉のルールの一つであり、世界のあり方のある一面です。