そして時代は「令和」。     

企業においても社会においても、こうした「近代」のパラダイムで育った人間のリーダーシップには限界が生じてきており、「ややこしさ」が増す現状に適応し、なんとか「リーダーシップ」が次のステージにアップデートされないものか、ということが大きなテーマとなっています。   

「リーダーシップ開発は時代の変化に追いついていない」

と、私の使っているTLCというアセスメントの創業者であるボブ・アンダーソンさんが力説されていましたが、まさにそういうことです。         

そのためには「内なる声」に耳を傾け、答えではなく「問」を持ちながら、創発されてくるものに目を向け、いろいろなものを感じていこう、ということ方向性があるわけで本当にこれは大事。

そこからどんどん思い切った行動をしていただきたいと思っています。

とはいえ、、、

一方、自分自身の精神も含めつつ、現場を見渡してみると、僕自身の心の中には、なかなか「近代」は手強いなぁという実感しか湧きません。 

なぜなら、僕たちは「構築的に」心の声を聞こうとしてしまうから。

「近代」のパラダイムでそれを聞こうとしても、大きな音で聞こえてくるのは雑音です。

そうした、自分自身のどうしようもない未熟さと、枠がハマった「常識人さ」をイヤというほど感じつつ、日々発達のアセスメントを回しながらいろいろ考えていました。

この問題に対処する手段として「ロジックを「逆回転」させていく」という「近代の後」の思考法が機能するのではないかというのが私の考えている仮説です。
    
すなわち、 
      
「創る」のではなく「解体する」。
「信じる」のではなく「疑う」。    

相対主義のつかい方

「近代の後」の思想によってもたらされる相対主義は、結果として何も作りだしませんので、その点において哲学の世界でも批判の対象となっています。

でも、少なくとも凝り固まった「近代の思考」には強烈なカウンター、強い解毒剤として作用します。

現実世界で大きな責任を負いながら、そして「生きる」という宿命を懸命に全うしながら、「「わたし」の思考はどこにもたどり着かないのだ」となんとなく絶望してきたとき、

さらには「「本質」という言葉で語られる全ての概念が実は何も教えてくれていないのだ」と深く理解できてきたとき、

人は初めて「心の声を聞こう」という境地に至れるのではないでしょうか。

「時代」と「現実」のギャップの狭間で

時代は次に進んでいるのに、現実世界は未だ「近代」にがんじがらめに囚われている。

そういった「二重構造」を持った現代社会では、そのくらい強いカウンターは必要なんじゃないかな、という思いで現代哲学を深め、広めていこうと活動しています。

最後の質問

昨夜は、最後に榎本さんから一つの質問が示されました。

「あなたは、人生をかけてどんな仮説を検証していくのか。」

この問に答えていくと、私としては、ここまで述べてきたような道も、
       
「一つの考えに囚われることなく、相対主義に毒されることなく、大きな情熱に沿いながら自由自在に構築と解体ができる」
                 
みたいな、「より進んだ知性」に繋がっているのではないかな、という仮説を持っておりまして、「「生涯」のシゴト」となるかどうかはわかりませんが、今後多くの時間とエネルギーをかけて検証していきたいと思っています。

まとめ

ロジックを逆回転させる「解体屋」として、やがて来たる次の時代の「踏み台」ぐらいにはなることができれば本望ですかね。

だってこれからの若い人達、まったく感性違うもん。

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