山田氏との出会いは

今から20年前に遡る。1999年、当時の私は母校である大阪府立大アメリカンフットボール部のコーチをしていた。

この年の4回生は自己主張の強い人間が多く、誰が主将になってもまとめるのが大変だなと感じていた。そんなメンバーの中で、4回生の中で最も真面目で控え目な性格の山田氏が主将に選ばれた。


当時の私は、経営でもスポーツでもリーダーは先頭に立って皆を引っ張る力が必要だと思い込んでいた。なので、彼が主将で大丈夫だろうかとその時は正直に思っていた。しかし、彼のリーダーシップは私の予想に反して、チームを確実に一つにまとめていった。

主将として少しも偉ぶることなく、下級生に慕われ、個性の強い同期からは弄られキャラに徹しながらも言うべきことは言う。衝突はできるだけ避けながらも、自分の意見を粘り強く説いて相手の理解を待つ。

私が理想としていたリーダーシップを「剛」とすれば、山田氏のリーダーシップは正に「柔」であった。

当時のアメフト部は

関西学生3部リーグで2部リーグへの昇格を目指していた。前年度に2位の好成績を上げていたので、今年は「何がなんでも昇格」と周囲の期待も高まっていた。

プレッシャーもあっただろうが、山田氏は能力の高い猛者揃いの同期4回生達を存分に暴れさせつつ、上回生の迫力に気後れしがちな下級生に対しても気配りを怠らず、それぞれの持てる力を存分に引き出してチームを3校同率優勝まで導いたのであった。

残念ながらプレーオフはクジ運が悪く2回勝たなければならないブロックに入ってしまったため、休養十分のシード校に体力差で敗れてしまい、目標である2部昇格こそ果たせなかったが、山田氏にとって主将としてチームを率いた経験が、現在のコーチ業に大きな影響を与えているのは間違いないだろう。

その後、

山田氏とは何年も会っていなかったが、2014年に久々の再会を果たす。1999年から12年後の2011年に大阪府立大アメフト部は念願の2部昇格を果たし、2013年には2部で優勝して1部との入替戦まで進むほど進化していた。

母校の大躍進も驚きのニュースだったのだが、もっと驚いたのが山田氏の転身ぶりであった。国家公務員1級に合格して農林水産省の官僚となっていたエリートが、独立してコーチ業を営んでいると言う。

吹けば飛ぶような中小企業経営者の私から見れば、過酷な出世レースがあるとはいえ将来が約束された身分を捨てて極めてリスクの高い個人経営者の道を目指すとは驚きだった。

コーチを始めたばかりの彼は、当然ながらほとんど実績を持っていなかったが、母校の大躍進の裏には山田氏の助言もあったと聞いた。

興味が湧いた私は、

山田氏のコーチングを受けてみることにした。当時は正直なところコーチの必要性を感じていなかったので、試しに受けてみてよければ、誰かを紹介するくらいの気持ちだった。

当時はまだ独立して間もない時期だった山田氏のコーチングは、正直なところ当時の私の心には深く刺さらなかった。私自身が「剛」のリーダーシップの信仰者だったこともあり、山田氏の「柔」のスタイルは受け入れにくかったと言う点も有ったかと思う。

申し訳ないが「今回までで終了」の意思を伝えると・・・

山田氏は「わかりました。試して頂いてありがとうございました。今の駒井さんにはお判り頂けないかもしれませんが、きっと私のようなコーチングの考え方が必要な時が来ると思います。その時はまたお声かけください。」嫌味のないソフトな口調だが、言葉の奥に揺るぎない信念と自信を感じさせる重さのある言葉だった。

そして4年後の2018年、山田氏の予言は的中する。

(後編に続く)


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