表現型は様々ですが、素晴らしいリーダーは例外なくビジョナリーです。共感と信頼を集め、物事を力強く進めていきます。

     
一方で「もっと「語る」ことができればとんでもなく素晴らしいリーダーになるのに!」という方にもしばしばお会いします。周りからも「もっと語ってほしい」と期待されているにもかかわらず、非常に奥ゆかしい表現。

       
こういう人に対して、「もっと語りましょうよ!」と言うのは簡単ですが、その人にはその人なりの理由がありますので、そこを丁寧に読み解いていく必要があり、その部分をしっかり寄り添っていきたいと思っています。

語り得ない一番スタンダードな理由は不確定な未来を語ることで背負う「責任」の重さ、恐ろしさというところですが、多くの人のお話を聞く中で、別の要因もあるような気がしています。

 
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ビジョンを語ると言うことは、より多くの人を巻き込んでいくということ。ともするとそれは多くの人に「貸し」をつくることなのかもしれません。また、多くの人を「苦しめる」ことなのかもしれません。また、新たな世界を語らずに今の世界にいる中では「強者」として振る舞えていたのに、他人の力を借りなければならないという状況は自分を「弱者」にさせると錯覚してしまっているのかもしれません。
                  
このような、ビジョンを語ることで背負う「カルマ」のようなもの、もしくはビジョンを語ることで自分の中に抱え込む「弱み」のようなものが、もしかしたら世界にビジョンを語るという行為にブレーキを掛けてしまっている、のかもしれません。  

  
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もちろん、実際にはそんなことはないのですが、その人の心が感じる世界も「心理的事実」としてまた確かに存在するもの。自分が世界をどのように見ているのか、ということをしっかりと認知した上でそれを脱構築し、魂を込めて乗り越えていきたいものです。
       
ビジョナリーなリーダーは世界のことを信頼している。