半径○○メートルの人生

  • URLをコピーしました!

そういえば、年々心に響いてくる言葉として「半径50mの人生」というフレーズがあります。

とある経営者リーダー養成機関で語られる言葉。

それなりに出世している人でも、視界が狭くて、自分の周りのことだけしか目に入っていない生き方を指し「目覚めよ」と魂をノックする警句です。

おそらく、みんなそのような人生は嫌だと思っているし、これからの時代はリスクだとも思っている。特に若い人達は。

過去には僕自身も朝焼けに染まりつつある職場からの帰路で「この人生いつまで続くんやろう?」と思っていたのは正直なところです。

*

でも、こうして独立して12年。

おかげさまで、いろいろな方とのご縁をいただき思うのですけど、その人が生きる半径に「組織人かそうでないか」ということはあまり関係ないようにも思えてきました。

独立していても半径が小さい場合もあるし、会社勤めでもものすごく半径が大きい人も居る。

以前、誰かが言ってたけど「思考が自由であるかどうか」ということにつきるんだろうと思います。

僕たちは学校教育で散々痛めつけられているので、「思考」というと「難しいこと」と直結してしまうのだけれど、「難しいことを考えられるか」がポイントではありません。

大事なのは思考が自由であるかどうか。

言い換えると、どれだけ枠にはまらず思考できるかということが、その人の人生の半径を決めていくように思います。

*

思い返すと2年ほど前でしょうか、ある経営者さんの言葉が天啓のように僕の心に入ってきました。

「哲学のご縁だったらいくらでも力になるわよ」

あぁ、ありがたい言葉だなと思いました。同時に、とてもわかっていただいているなとも感じました。

多くの人が気づいていないことですが、思考が自由になったと感じるとき、人が最後に囚われるものがあります。

それは「目的」。

もちろん、目的を持って生きることはとても大事ですが、目的に囚われすぎてしまうと、人の思考はどこかで限界がきます。

人は善きものにこそ囚われる。

むすんでひらいて。

握りしめすぎた目的をいったん開いていただくのも僕の仕事。景色を変えて、また握りしめていくとパフォーマンスの次元は上がります。

そして、どの世界でも、最終的に見られるのは「人」です。

卓越した人はスキルや能力では無く、最終的には「人」を見ている。

この経営者の言葉は、

「「思考に限界をつくらない」というスタンスを持つ人であれば信じる」

という、この方自身が体を張って生き抜いてきた経験を通じて得た「人を見る目」の表れなのではないかなと感じました。

*

思考が自由であれば、生きる半径はどこまでも広がります。

ところで、ここまでのお話、半径といわれて「円」の面積(平面)を連想した人はどのくらいいいらっしゃいますでしょうか?

もしかしたら、半径=円と連想してしまう方は、まだまだ思考が自由ではないかもしれません。

というのも、半径からは「球」の体積を求めることもできるから。

人の生は、面積を広げるだけでは無く、高さ(次元)を変えるということも可能ですし、(高さに優劣は無く)いろいろな次元にいらっしゃる方とつながることができれば、また、そこから学び成長することができます。

世の中、いろんな職種、いろんな階層、いろんなマインドを持った人達がいます。

もちろん、スタート地点は人それぞれですが、それぞれの目先の目的を超えて「知性を磨く」という点に共感していただいた人達のつながりはステキな「球体」になるんじゃないかなと思っています。

生きる半径を広げ、人生を「平面」ではなく「立体」にしてゆかれる人が増えれば良いなと思いますし、そのような人のご縁とつながりを紡いでいけたらと思っています。

<2025/1/29 facebook post>

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

無料メンバーシップにご登録ください

この記事を書いた人

株式会社Flora Partners CEO/エグゼクティブコーチ/リベラルアーツ教育家

霞ヶ関の官僚として約12年勤務、その後、コーチとして起業。東証プライム上場企業を中心にエグゼクティブ・コーチングの実績を積むとともに、「哲学塾 – The Art of Philosophia -」塾長としてリベラルアーツ教育にも従事。
 
東西の知恵に根ざした独自の視点は、多くのビジネスパーソンからの支持を得ている。

目次